近年、心と体の健康志向は世界的なブームです。コロナウイルス感染症の拡大により、その傾向はますます強まっています。こうした流れの中で、これまでの観光旅行に心と体の癒しを加味した新しい旅行スタイルである「ウェルネス旅」が注目を集めています。ウエルネス旅とはどのような旅なのか、人気の理由などについて紹介します。
ウェルネス旅とは?
古今東西、人は日常生活や仕事に疲れると、今いる場所ではない別のどこかへ行きたいと願います。旅はレジャーの少なかった時代の数少ない贅沢な娯楽のひとつであり、気分転換の手段でした。現代においても同様に、旅で癒されたいと願っている人は少なくありません。旅行は非日常感を味わうことができ、気分転換やストレス解消に最適です。近年では、これまでの観光旅行のスタイルに、心と体の癒しを加味した「ウェルネス旅」という新しい旅のスタイルが人気を集めています。
「ウェルネス旅」とは、旅と健康を掛け合わせたもので、旅行中の食事やアクティビティを通じて、心身の健康を保ち、自分を見つめ直し、より良い生活を送るための旅のことです。具体的には、旅行中に「健康食」「ヨガ」「瞑想」「フィットネス」「温泉」などが体験できる旅であり、専属のインストラクターが指導するプログラムを用意しているところもあります。
健康と同時に美容も高い関心事である女性のために、美肌に導く食事やヘッドスパなどが用意されている旅もあります。滞在先だけでなく、移動中に供される食事にも健康志向のものを用意するなど、徹底してウェルネスにこだわった旅もあります。従来の観光地の中には、すでにウェルネス旅を意識したプログラムやアクティビティ、ヘルスケアを用意しているところもあります。
グローバルウェルネスインスティテュートが2015年に発表したレポートによると、2015年には、世界中の6億9000万人の人々がウェルネス旅に参加したとされています。
これまでは北米、ドイツ、中国、フランス、日本といった一部の国に集中していたウェルネス旅ですが、今では他の国々や地域にも拡がりを見せています。
ウェルネス旅は従来の観光旅行と肩を並べ、旅行スタイルの新たな柱となるかもしれません。ウェルネス旅を銘打ったさまざまな商品やサービスも開発されてくるでしょう。海外から日本を訪れる観光客にも従来の観光目的にウェルネスを付加した旅行が期待されています。
ウェルネス旅の起源
ウェルネス旅の起源は、紀元前のローマ帝国時代にまで遡ることができます。戦闘で傷ついたローマ戦士たちは怪我や傷、病気を癒すために温泉や公衆浴場へ旅しました。中世になると、医学的な見地から温泉による治療効果の検証が進められるようになります。
温泉地には滞在型の高級保養地が作られ、貴族や上流階級、知識人たちの社交場として発展し、都市形成の課題にまでなりました。
日本でも「古事記」や「日本書紀」に既に温泉湯治の記述があります。当時から貴族など位の高い人たちを中心に、病気や怪我などの療養で温泉地を訪れていたことが窺えます。
江戸時代に入ると、温泉の効能はさらに詳しく分析されました。江戸の初期こそ大名や武士の間のものだった湯治ですが、後期に入る頃には一般の庶民の間にも広がりました。自由な旅行が許されていなかった当時の庶民にとって、治療を口実とした湯治旅行は、神社や仏閣などへの参詣と併せて娯楽観光目的へと変容していきます。
今のウエルネス旅の原型ともいえるこの湯治旅行は、日頃の疲れや鬱憤を晴らす江戸庶民の数少ないストレス解消法として大ブームとなったのです。
ウェルネス旅が人気になってきている理由
近年、ウェルネス旅に対して興味や関心が高まっている背景に、「ミレニアル世代」の考え方の変化があります。「ミレニアル世代」とは、1980年以降から2000年前後までに生まれた世代を指し、元は米国で生まれた呼称です。
ミレニアル世代は、それまでの世代と比較して「モノ」への執着心が薄いという特徴があります。それまでの世代は車や時計、ブランド品、ファッションなどモノに関心を持ち、価値を置いてお金を使っていました。しかし、ミレニアル世代はそのような「モノ」に価値観を見出さず、そもそも関心がないことも珍しくありません。
ミレニアル世代は「モノ」より「体験」を重視し、「体験」にお金を使う傾向が強いという特徴があります。さらに、恋愛や結婚に対してもこだわりが少ないことや、自分自身のスキルアップや健康への意識が高いことも特徴の一つです。かつての若者は夜を徹して酒を飲んだり、勢いに任せて暴食したりしたものですが、ミレニアル世代やその下の世代は節度をわきまえ、暴飲暴食をする人も減りました。
健康意識の高まりはミレニアル世代に限ったことではありません。人生100年時代といわれるように、今は健康に気を付けていれば100歳まで元気に生きることが可能な時代です。中高年世代はもとより、ミレニアル世代よりさらに若い世代ですら、健康や美容のためならば時間やお金は惜しみなく使うようになっています。健康や美容の情報は溢れ、「自身の健康は自身で管理する」という考え方のもと、さまざまな健康法や美容法を実践する人も増えています。健康志向を反映したウェルネス旅に注目が集まるのも必然といえるでしょう。
日本はウェルネス旅に最適?
健康への意識や関心が高まる中、今後ウェルネス旅の需要はさらに伸び続けることが予想されます。日本も国をあげてヘルスツーリズムを促進しようとしています。経済産業省は、次世代のヘルスケア産業政策の考え方を示した「アクションプラン2017」の中で、観光と健康を掛け合わせたヘルスツーリズムに係る商品開発の支援を掲げています。これに伴い、ヘルスツーリズムと銘打ったさまざまな商品が市場に出てくることが予想されます。
しかし、これまではサービスやプログラムの内容に対する客観的な評価基準がありません。このため、消費者にとっては、安全安心かつ信頼できる高品質なサービスをどのように選べば良いのかわからず、不安がありました。また、サービスを提供する側にとっても、どのような内容がヘルスツーリズムに合致し、どのように品質を担保すれば良いかが明確になっていないことによる不安や躊躇があったのです。
そこで、経済産業省は「健康寿命延伸産業創出推進事業」の一環として、2018年にヘルスツーリズム認証制度を施行しました。これにより、消費者は新しい旅の選択肢が増え、品質が保証されたヘルスツーリズム認証プログラムの体験が可能になったのです。
認証制度はサービスを提供する側にとってもメリットがあります。認証によって提供するサービスやプログラムの品質が保証され、国内外の旅行者への有効なPRが可能になります。団体旅行や社員旅行へも積極的に新プランの提供ができるようになったのです。
日本は世界第一位の長寿国です。日本人の健康意識の高さや衛生観念、充実した医療制度などが長寿に貢献していることは間違いありません。この結果を世界に向けて効果的にアピールできれば、ウェルネスという立場で優位に立てるはずです。さらに、日本には温泉や豊かな自然のほかにも座禅や和食など、ウェルネス旅につながる観光資源が数多くあります。現代はIT化やロボット化が加速し、人は人として生きる意味、存在理由などを模索し始めています。
魂の癒しや安らぎへの希求もまた古代からありました。世界各地で古代から続く聖地巡礼の旅は、神への信仰心の表現であると同時に、命がけの道中に自分自身と向き合い、心身を鍛え、魂の癒しを求めて行われたと考えられています。日本にも聖地を巡礼する旅はあります。
中世から続く熊野詣や、江戸時代に大ブームとなった伊勢詣なども聖地巡礼にあたります。現在でも訪れる人が後を絶たない四国八十八箇所の巡礼は良く知られています。四国ではお遍路をもてなすことで功徳を積む、という考え方も古くから受け継がれています。また、パワースポットと呼ばれる神社仏閣や、神々しく清らかな自然の残る場所を訪れるのも、魂の癒しを求める旅であり、ウェルネス旅に通じるものです。
このように、日本は歴史的、文化的にウェルネス旅を求め、受け入れる土壌があり、全国に資源が存在しています。これらの観光資源をさらに掘り起こし、開発していくことで、国内旅行需要を喚起し、インバウンドの呼び込みにもつながるはずです。
ウェルネス旅で健康な毎日を!
日本はかねてより欧米に比較して労働時間が長く、休暇が少ないといわれてきました。近年、働き方改革が進められ、かつてのような長時間残業や休日出勤は減少しつつあります。しかし、いまだに欧米のような長期間のバカンスや育児休暇などを取得できるのは、一部の優良企業に限られています。まだまだ日本社会においてはストレスフルな働き方を余儀なくされている人が多いのが現状です。ストレスは人の健康を損ねる大きな要因になることは既に良く知られています。
ストレスによる身体の変調のサインには、肩こり、腰痛、不眠、食欲不振、目の疲れ、自律神経の乱れなどさまざまなものがあります。ストレスは心にも悪影響を及ぼします。気分が落ち込む、イライラする、集中力や記憶力の低下などは、その症状の一例です。これらの症状を放置してしまうと、やがて心身ともに深刻な病気になりかねません。そうなる前に不調の原因となるストレスを解消することが重要なのです。
日々の疲れを芯から取り除き、ストレスによる心身へのダメージを避けるためには、ゆっくり休養を取ると同時に適度な運動をし、滋養のある食事を摂る必要があります。ウエルネス旅が注目され、ニーズが高まっているのは、これらの要件をすべて満たしているからです。さらに、訪れたことのない場所を旅する非日常感や高揚感も同時に味わうことができます。日本国内の新たな発見や出会いへの期待感も生まれます。国内観光の興隆にも一役買うことになるウェルネス旅を、ぜひ体験してみてください。